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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

初風 (駆逐艦)

炎、不知火、《朝潮型駆逐艦:霞、霰》)から編制されており、15駆・16駆・18駆が陽炎型を主力としていた。だが第18駆逐隊は第一水雷戦隊(司令官大森仙太郎少将:旗艦阿武隈)の指揮下に属して南雲機動部隊警戒隊となり、真珠湾攻撃に参加。16駆以下の二水戦各艦とは別行動であった。

คำที่เกี่ยวข้อง

初桜 (駆逐艦)

初桜(はつざくら)は日本海軍の駆逐艦。仮称5522号艦、橘型(改松型)駆逐艦の1艦として横須賀海軍工廠で建造された。 艦名は「その年初めて開いた桜の花、また、咲いてまもない桜の花」のこと。 竣工後、訓練部隊の第十一水雷戦隊(高間完少将・海軍兵学校41期)に編入され、特令あるまで待機を行うよう命じられ

初月 (駆逐艦)

Ref.C14121196500『昭和17年度 帝国海軍戦時編制(内示案) 昭和16.9.12/ 昭和17年度戦時駆逐隊・潜水隊・水雷隊・掃海隊・驅潛隊・通信隊・航空隊編制予定表 昭和17年度警備隊・防備隊附属艦艇及防備機関編制予定表 昭和17年度戦時艦船飛行機搭載予定表/第1表〜第9表』。  Ref

萩風 (駆逐艦)

1940年(昭和15年)2月23日、仮称第113号艦は「萩風」(ハギカゼ)と命名される。同日附で姉妹艦「嵐」や敷設艦「津軽」等も命名されている。「萩風」は同年6月18日進水。11月15日附で井上良雄中佐(11月1日まで吹雪型駆逐艦「漣」艦長)は「萩風」艤装員長に任命される。同時期、萩風艤装員事務所を設置。

旗風 (駆逐艦)

日本水雷戦史432頁『雷(いかずち)』 ^ #海護総司令部日誌(3)p.28『(九)十八日大海指第四〇〇號ニヨリ旗風、汐風、千鳥、天草、八十島、海防艦第十二號ヲ作戰ニ關シ聨合艦隊長官ノ指揮下ニ入ル』、同日誌p.36〔6月18日〕 ^ 本土方面海軍作戦227頁『硫黄島の防備強化』 ^ #S19.06十一水戦日誌(1)p

羽風 (駆逐艦)

羽風(はかぜ)は、日本海軍の駆逐艦。峯風型の7番艦である。艦名は鳥等が飛び立つ際に生じる風、舞う人の袖から生じる風の雅称を意味する[要出典]。 三菱長崎造船所で建造。一等駆逐艦に類別され、横須賀鎮守府籍に編入。 1933年(昭和8年)3月3日に発生した昭和三陸地震のとき、「羽風

雪風 (駆逐艦)

陽炎型駆逐艦 > 雪風 (駆逐艦) 雪風(ゆきかぜ)は、大日本帝国海軍の駆逐艦。陽炎型駆逐艦(一等駆逐艦)の8番艦。 太平洋戦争(大東亜戦争)当時の主力駆逐艦であった甲型駆逐艦(陽炎型駆逐艦、夕雲型駆逐艦)38隻の中で、雪風は唯一終戦まで生き残った。日本海軍の駆逐艦

風雲 (駆逐艦)

風雲(かざぐも)は、大日本帝国海軍の駆逐艦。 風雲(かざぐも)は、日本海軍が浦賀船渠で建造し、太平洋戦争で運用した駆逐艦。夕雲型駆逐艦(一等駆逐艦)の3番艦である。 1940年(昭和15年)12月末に起工、1942年(昭和17年)3月28日に竣工し、第10駆逐隊に所属した。

夕風 (駆逐艦)

道を通つて歸京の豫定である(記事おわり) ^ 【東京本社特電 五月二日】 英國皇帝陛下の御名代として日本皇帝陛下へガーター勲章御贈進の爲め尊き使命を帶びせらるゝ皇太子グロスター公殿下の御召艦サツフオーク號は城ケ島沖に出迎への第三驅逐隊灘風。島風。夕風。シホ風に護され加古。古鷹の兩接伴艦及びい飛行機隊

秋風 (駆逐艦)

秋風(あきかぜ)は、日本海軍の駆逐艦。峯風型駆逐艦(一等駆逐艦)の9番艦である。艦名は立秋に秋の気配を感じさせる風を意味する[要出典]。しかし1928年(昭和3年)の資料では「秋吹く風」に由来するとのみ記載されている。 は1919年(大正8年)5月24日、峯風型姉妹艦や樅型駆逐艦と共に命名された。同

灘風 (駆逐艦)

灘風(なだかぜ)は、日本海軍の駆逐艦。峯風型駆逐艦の5番艦である。1940年に哨戒艇に改造され「第二号哨戒艇」と改名した。艦名は灘に吹く風に由来する。 舞鶴海軍工廠で建造。一等駆逐艦に類別され、横須賀鎮守府籍に編入。竣工後直ちに第三駆逐隊に編入された。 1937年(昭和12年)から1939年(昭和

舞風 (駆逐艦)

舞風」は「筥崎丸」のショートランド回航を護衛した。 その後、2隻(野分、舞風)は最前線に進出した。 10月3日(日進、野分、舞風)、10月6日(浦波、敷波、野分、舞風、秋雲、巻雲)、10月9日(黒潮、親潮、早潮、龍田、野分、舞風)と鼠輸送を実施した。 10月26日、第4駆逐隊(嵐、舞

波風 (駆逐艦)

波風(なみかぜ)は、日本海軍の駆逐艦。峯風型の14番艦(野風型2番艦)である。艦名は「波上に吹き渡る風」に由来する。 舞鶴海軍工廠で建造。一等駆逐艦に類別され、横須賀鎮守府籍に編入。1922年(大正11年)12月28日、神風型駆逐艦 (2代)「第一駆逐艦」(「神風」)と同じく第1駆逐隊に編入され、同

帆風 (駆逐艦)

帆風(ほかぜ)は、日本海軍の駆逐艦。峯風型の12番艦。艦名は船の帆にはらむ風を意味する。 舞鶴海軍工廠で建造。一等駆逐艦に類別され、横須賀鎮守府籍に編入。 1922年(大正11年)12月、同型艦「羽風」、「秋風」、「太刀風」とともに第四駆逐隊を編成し、第一水雷戦隊に編入された。

涼風 (駆逐艦)

4月15日、涼風駆逐艦長神山昌雄少佐は第四水雷戦隊附となり、若竹型駆逐艦3番艦「早苗」や睦月型駆逐艦8番艦「長月」艦長を歴任した柴山一雄少佐が、神山の後任として涼風駆逐艦長に補職される。神山少佐は4月27日附で白露型駆逐艦5番艦「春雨」艦長に任命され、続いて夕雲型駆逐艦10番艦

汐風 (駆逐艦)

放棄がされた加茂丸は0210に沈下が止まった。0620、停止して加茂丸から脱出した乗船者達の救助作業をしていた富士丸にグレイバックの魚雷が左舷船尾と左舷4番船倉に命中し、0650に沈没した。 鴨緑丸は富士丸の生存者の救助を終えて避退した後、進路を戻して航行を開始。汐風は引き続き救助を行った。しかし

沢風 (駆逐艦)

112 〔 昭和四年列國艦船要目|級名:澤風級|同型艦:15隻〕 ^ 池田美代二 著 国民教育会 昭和11年出版「#新日本の展望」P.865 〔代表艦名【澤風】| 澤風級(峯風、沖風、島風、灘風、矢風、羽風、汐風、秋風、夕風、太刀風、帆風、野風、波風、沼風 )〕 ^ a b 阿部隆史 執筆④『世界の艦船』2011年5月号

野風 (駆逐艦)

野風(のかぜ)は、日本海軍の駆逐艦。峯風型の13番艦(野風型1番艦)である。「野風」以降の3隻は兵装の配置を変更したため、「野風型」或いは「峯風改型」と呼ばれることがある。艦名は「野に吹き渡る風」に由来する。 舞鶴海軍工廠で建造。一等駆逐艦に類別され、横須賀鎮守府籍に編入される。竣工と同時に「波風」、「沼風」、「第一駆逐艦」(のち「神風

神風型駆逐艦 (初代)

朝風、春風、時雨、初春、卯月)、佐世保工廠(夕暮、夕立、三日月、野分)、三菱造船所(白露、白雪、白妙、水無月)、舞鶴工廠(追風、夕凪、浦波、磯波、綾波)、大阪鉄工所(朝露、疾風)、浦賀船渠会社(長月、菊月)。 1912年(大正元年)8月28日附で実施された艦艇類別等級の改訂により、三等駆逐艦(600トン未満)に類別。

初霜 (初代神風型駆逐艦)

初霜(はつしも)は、大日本帝国海軍の駆逐艦で、神風型駆逐艦 (初代)の2番艦である。同名艦に初春型駆逐艦の「初霜」があるため、こちらは「初霜 (初代)」や「初霜I」などと表記される。 1904年(明治37年)8月20日、横須賀海軍工廠で起工。1905年(明治38年)2月15日、命名(製造番号第2号)